四畳半東雲蚊帳の内

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こだわり

数日、東京はまるで同じ天気ですね。終日白い雲が垂れ込めて空の青が見えない。
台風の影響でしょうが、トホホです。本来ならそろそろ秋本番の青空が広がっているはずなのに。
年々、春と秋がなくなっているとも言われますが、秋は特に顕著だなあ。ことに今年は、早い段階から暑くって10月まで30℃が続きましたからね。
かくしてあっという間に冬が来るという寸法。
まあこの曇り空については、明日あさってあたりにはまた雨がきてある意味「解消」されるだろうと思われるわけですが。
どこぞでまた被害が出なければよいのですがね。


外国の映像など見ていて、ちょいと大風が吹いたらえらいことになりそうな建てつけの家並みだったり、少し地面が揺れただけで崩壊しそうな地形だったりが出てくると、ああこの地域は日本みたいに天災が多くないのだなと、少しばかりうらやんでしまいます。
それは災害が起きないということより、そういったデリケートな、不安定ともいえる場所が残っていることに対してであります。日本の場合――それでも、毎度風が吹いたり地面が揺れたりするたびどこか壊れたり崩れたりするのですが――危険性の予測される、内包されるような地形や建物の多くは人の手が入り、あるものは撤去され盛られ埋められ、もしくは補強されて元の姿を失っている。
失われる命や財産を思えば当然の措置でありますし、そういう対策は積極的に推し進められるべきではありますけれども、見るからに無用な、無能な、歪さ不整合さがのほほんと放置されている様は、それはそれとして癒しであり、余裕を失った心がいっとき雨を避ける軒下のようなものでありえるのでは、とも感じるのです。
ま、そんなこと言っていて軒下が崩落するのでは意味がないのですが(笑)。
天災は襲来するたびまめに教えてくれますよね。ここが弱い、もろい、不十分だと。もしもこの地上に災害というものが一切起きないのであれば、たとえば住居や交通機関なども、およそ今とは想像できない、隙だらけな姿を晒しているのでしょうね。





先日、ブレーカーの点検に保安協会の人がやってきたのですが、点検しつつの一言が、
「電気でお困りのことはありませんか」
と。
はたと困りました。電気代が高いんですが、なんてのは筋違い、せめてトーキョー電力に言えって話ですし、もっといい家電が欲しいです、なんてのはもはや己の財布の領分であります。
なんだか広漠とした問いかけだなと、むしろ哲学のようなものを意識しつつ、
「いいえ」
としか言えなかった私です。
その後しかし、洗濯機がまず不調になり、壊れたか? と思っているとまた元通り動き出しまして。
数日後はプリンターがやはりトラブル。印刷できなくなりましたが、しばらくするとまた復活。
なんなんだこれはと。季節をまたぐにあたりある種の儀式が行われているのかと。
あるいはひょっとして、送られてくる電気のなにがしに変化でもあったのかもしれません。水が変われば酒の味が変わるがごとく、実は電気にも、季節や産地(?)によって細かな差異があるのかも。
「てやんでえ! ウチは今朝ダムで作った電気しか使わねえんだ!」
なんてこだわりを叫ぶ職人がいるとは思えませんが、そんな質問を投げかければ保安協会のおじさんも、私の顔にある種の哲学を感じたに相違ないのであります。
いや、狂気かな(笑
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by sarok | 2013-10-24 17:53 | 雑記 | Trackback | Comments(0)

多面体

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にっこり。

基本的にここはただの雑記であり、のっけるイラストもまあごらんの有様だよ……という気楽の極致なわけですが、それでもたまにボツにする場合がある。笑顔のイラストとか、表情をつけようとして失敗するパターンが多いですね。
なんか不気味になったりするんだよなあ。
笑ってる顔を描くときには自然と笑顔をつくってみたりするもの。つまるところ私の笑いもどこか不気味なのでありましょうて。


嵐山光三郎『文士の料理店』を読む。
近頃は……というよりだいぶ前からですが、私もまあ大概胃腸が弱いので、食べたのちの若干の不便など常態的に抱え、一つこれも個性であるかと開き直りつつあるところなのですが、本書によれば名だたる文士の皆さんも実に個性的な舌、ひいては胃腸の所有者であるようでして。形が怖くて海老が駄目とか、感染をおそれて果物を煮て食べるとか。なんかこう、妙にほっこりしてしまいます。
かと思えば、80手前まで洋食通いとかね……。お酒もそうですけれど、ある程度生きれば食の好みとはその人の内臓の好みであり、精神の年輪にも根ざした複雑回路の引き出す結論なのです。別に文士などに限らず。
親兄弟だって食べるものの好みは大きく違う。食べる量も食べ方も、いつどういう場所で食べたいのかも。そして厄介なことに、食をめぐるあれこれは当人にとって存外優先順位が高く、譲れない部分を含んでいるのですよね。
……と、いうことをふまえて友人と会食したりするのはまた楽しい。ただそんなことを思いつつ街の人込みを徘徊などしていると、それぞれの人が複雑怪奇な突起を肥大させ張り出させた多面体のように感じてくる。よくもまあこんな面倒な形状で足並みそろえて社会生活をやってるものだと感心してしまうのです。
手がぶつかり、足を踏んだりしなくとも他者とはぶつかる可能性がある。大概そんな風に思っておけばいいのかもしれませんねえ。
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by sarok | 2013-10-02 14:04 | イラスト | Trackback | Comments(0)