四畳半東雲蚊帳の内

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メテオ

われわれは偶然の子である。とは申しますが。
隕石のニュースはなにげにびっくりでしたね。おそロシア。
ああいうことが起きると、自分たちの生きている有り様みたいなの、あらためて確認してしまいますね。
繁栄している人類といえど、尺度を変えてみたならば、いつ干上がるかわからない水溜りにわいたボウフラと変わりないのかもしれません。
……まあ、そんなことを言いつつも、隕石で死ぬ確率は交通事故のそれよりずっと低い、という恒例の前提により奇妙な安心が社会に降りて、それでおしまいとなるのでしょう。繊細な子供がベッドの中で怖がって泣くだろうけど、大人は大概すぐ忘れます。また別の鮮烈がニュースとなって飛び込んで、前の衝撃を風化させるのです。
しかし今の時代、何が起きてもああやって早々と動画があがって、世界中の人がネットで閲覧できてしまう、そのこともすごい。
目撃者予備軍が記録装置を持ってそこらへんをうろついている。妖怪や幽霊、タコそっくりな宇宙人たちには、住みにくい世になったものです。


今年のバン・アレン帯のお祭りは週の半ば、平日でしたから、スーパーやケーキ屋さんの店頭を見ていると、直前の週末と当日、販売のピークを二度持ってきているようで、商売ってのも大変だな、と思いましてございます。
やはり週末はカップル向けの本命系、14日は義理と、商品の傾向も変えたりしていたのだろうか?
チョコレートはわりと好きで普段から食べるのですが、近頃はこれまた体質の変化か、甘みの強いやつを敬遠するようになり。板チョコならブラック一択。パキパキ割りながらお茶と一緒に食べていると、あっという間に消費してしまいます。
成分表をみるとなにげに食物繊維が含まれていたりして、魅力的ですブラックチョコ。とはいえ腹にたまるからと、メシ代わりにしていいはずはない。
そう、繊維質とかも気にするようになりました。けれども、塩分とか油とかセンイとか、今までまったく気にしていなかったことの方が、むしろ驚き。
のんきに生きているものです。隕石が降るなんて、考えもせずにね。
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by sarok | 2013-02-21 16:01 | 雑記 | Trackback | Comments(0)

転機

過去記事をひもとくと、当サイトは「2004年2月」スタートとなっておりまして、ひいふう……つまりは今月で9周年ということに。10年経ったのか10年目なのかよくわからなくなっておりましたが、後者のようですな。
もっとも、初期のデータがいろいろと行方不明なので、いまいち確証がもてません。
ブログに移行したのは08年からっぽいですね。
あらためて振り返ると、長い。んでもって、お世話になった皆様、本当にありがとうございます。
義理を欠いてばかりですみません。
ネットをはじめたこと、PSOで知り合った方々にマリみてをすすめられたこと、サイトを立ち上げたこと。
この十年ばかりのわが人生で、これらはまさに三大転機と呼んでさしつかえない……かも。今に至ることを踏まえれば。
就職・結婚・出産みたいなもんです。
そう書くと仕事してないみたいだな。
そして出産はできません。


九周年を記念してマリみての話題でも……ったってそうそうあるもんじゃ無いな。
ああ、そういえば先日、実写マリみての映画で蓉子さまを演じた平田薫さんのニュースがあったような。
竹中直人監督? 演出? の作品に主演するとか、そういう話だったような気がします。
マリみて映画での演技もよかったし、これはおめでたい出世とお祝いしていいんじゃないでしょうか。
ただ、斜め読みなんでうろ覚えなんですが、「縛られたり」する役だとか……。
フットワークの軽かったころの私なら、さっそくここで縛られている蓉子さまを描いたりしたんでしょうが。
そういう嗜好ないねん(そっちか



ところで関係ないですが、このブログの上の方にいつの間にやら追加された機能「似ているブログ」。
クリックすると、エキサイト内で傾向の似たブログへランダムに飛ぶようですが、そう理解しているのですが。
何度押してみても、これは似てるなあ、と思うところへたどり着いたことがない。
大概、きれいな写真で「どこそこ行きましたー」とか、美味しそうなお菓子のレシピで「作ってみましたー」とか、そういうオシャレ系につながるばかりなのです。
ぶつぶつ独り言をつぶやく四畳半孤男体系など、皆無。
いや別に、そんなブログを見てみたいわけではありませんが。
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by sarok | 2013-02-12 11:43 | 雑記 | Trackback | Comments(0)

急にあったかくなったりそうでもなかったり。妙な塩梅ですな。
今回はまた、渋に貼ったやつのお顔のアップ。

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なんか、丸いお顔になりました。阿求さん。
毎度カテゴリ入力の際思いますが、これで「東方」もないもんだ。

むかしサイトをはじめたばかりのころは、画像をこうやって上げる場合、重くないだろうか、サイズはどうだろうかと細かく気にしたものですけれども。
100kbを超えると回線の細い人が~ってね。
今はあんまり意識しなくなったなあ。まあ、あちこち動画がばしばし貼られる時代ですからね。
ぶろーどばんど、なる言葉ももはや使われないくらい常態化してるわけだし。
しかし昔といっても10年とか、そのくらいなんですよね。いや、めまぐるしいものだ。



昨年末から年明けにかけては、安部公房の『箱男』をじっとり読んでおりました。
筋書きを説明するのは簡単で、ひどく難しい。箱に入った男の話。
以前テレビで某番組のやった企画は、これが元ネタなんだろうか?
昭和48年刊行ですから、時代の隔絶を感じるかというと、そうでもない。というよりも、そういう問題じゃあない。
おっそろしいもの書く人だなあ、と思いました。
われわれは日々、ものを見ているようで、実のところは凝視することはなく、むしろ殆どの物を「見ないようにして」やり過ごすことで、自分の社会的輪郭を保つのだと。
なぜなら見ることは見られることであり、ただおのれ一人きりの存在としての面貌を突きつけられれば、変化せざるを得ない――蛹からの羽化みたいに不可逆で容赦の無い階段を、とぼとぼ上るしかないのです。
一人、深夜に職場の休憩室なんかで読んでいると、「知らないフリ」をしていたその事実に、心を鷲掴みにされるのです。
でも切ない。なんとも切ない。
「ぼくが箱から出るかわりに、世界を箱に閉じ込めるのだ」と勇んであけた「彼女」のいるはずの部屋のドアの向こうに広がるのが、駅の裏手に這入りこむ薄暗い裏道で、突き当たりにはつくりかけの橋のコンクリが風にさらされている、というラスト。
凝縮されたさみしさと、かすかな安堵を私は感じました。結局それなんだなと。彷徨の果てにたどりつくのが、そういうものであることに、納得というか、共感してしまうのです。
潜在的箱男は、発表後40年ばかり過ぎた今もあちこちにいることでしょう。箱のうちに吊るしてあるのがラジオじゃなくって、ケータイやスマホになっているのが、せいぜいの違いでしょうか。
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by sarok | 2013-02-03 10:22 | 東方 | Trackback | Comments(0)