四畳半東雲蚊帳の内

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思わぬ帰省

ちょっと今回も最初にメールレス。
とっても、諸事情でお名前等、伏せますが……。
内容があまりに場違いなので返信の意味はないかと思いましたが、体裁がしっかりされているので、こちらで一言だけお返事させていただくことをご容赦ください。
23日にお送りくださった業者の方、です。

ほんとに一言だけ。現状ほぼ休眠状態のうちのサイトで広告などなんの冗談だ、という話ですし、私自身興味ありません。お申し出に関しては辞退させていただきます。







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里帰りをしていました。
桜島が活動を活発化させているのは、東京にいてもニュースで流れたりしていましたが、実際帰ってみるとものすごい状況。
一日二度、三度は当たり前に爆発するのです。風向きにもよりますが、市内中心部は灰でざっくざく。
加えて猛暑、酷暑ですから、これはたまりません。
気温三十度越えの空気に汗ばんだ肌に、ざらざらと灰がまとわりついてくる感覚というのは、火山のある町に暮らさないことには、なかなか想像できないのではないかと思います。
かくいう私もすっかり忘れていたんですけどね。
高校くらいのころ、桜島がやっぱり元気な時期があって、同じように降灰していたものだ、と思い出しました。夕立に混じって灰が降ると、制服のシャツに黒くしみついて、大変でしたねえ……。


急の帰省は、祖母が亡くなったためでした。
祖父はもうとっくにおらず、祖母自身もう長いこと病院や施設で暮らしていたので、自宅であるところの「田舎の家」(と呼ぶのが孫の私としては一番しっくりくるのです)はずっと空いたままだったわけですけれども。
通夜に出て、葬儀をすませ、火葬に立会い……とやって。
あらためてしみじみ、あの家にはもう誰もいなくなったんだなあ、と思いました。
東京で生きるようになって数年、いつだったか里帰りした折、まだ元気だった祖母に、「目つきが悪くなった」と言われたことがあります。
穴にもぐった怖がりの獣みたいに、あたりを睨みつけて歩いたりしているのは、今も変わらないかも……。
気がついたならせめてもうちょい優しい顔をしよう。そんなことを思いました。
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by sarok | 2012-07-29 11:51 | 写真 | Trackback | Comments(0)

おそれいります

ひさびさにメルフォに着信あり。


>義太夫さま

>Happy Birthday ☆彡
> お誕生日おめでとうございます。



これは、まことにありがとうございます。エンジンが壊れて外宇宙をさまようばかりみたいなこのサイト、かようなメッセージをいただけるとは。
偶然地球にアンテナが向いて、電波がとどいたみたいな感じ(笑
誕生日をば通過しまして。近頃の7月は昔より暑いような気がしますので、誕生日をむかえるたびに思うのは、こんな暑い時期に生まれたのか私? ということであります。
というかマジ暑いな、ここのところ。蝉が満足に鳴き始める前からこの有様とは。
どこかがすこぶる暑いと、どこかで大雨が降る。なんだか、そういうシステムがあるような気もいたします。
油断なくすごさねばなりませんね。


いまだ『ドグマ』をぼちぼち。
自分の相棒たるポーンは、「対話」したりすることである程度性格(というより口調)を変更できるのです。強気だったり内気だったり。
名前は伏せますが先日お借りしたポーン、私の愛する某ジャンルのお嬢様キャラでして、外見もそれっぽく作られていて、おまけに口調が強気。
敵を倒して「たいしたことないですね」とか言っちゃうタイプ。
んでこのゲーム、高いところから落ちるとダメージをうけ、下手すると死んでしまいますが、NPCたるポーンもたまに失敗して転落することがあるのです。
んで某所探検中、お嬢様なんだか危ないところ歩いてるなーと思ってると、案の定ずるりと足をすべらせてがけ下に吸い込まれていきました。
さいわい大ダメージですみましたが、開口一番おっしゃるに、
「ふふ、なかなかやりますね……」
……お、おう。
なんだかそういうのが無性にかわいいゲーム、ドラゴンズドグマ。



この前はひさびさに(友人の)車を運転しました。久しぶりなのに数時間ハンドル握りっぱなし。
富士山の足元まで行っちゃう始末。
しかし、つくづく教習所外の世界は世紀末だなと。
高速を下りた先の山道、先のみえないワインディングに四苦八苦していると、業を煮やしたらしい後続の大型トラックが、わずかな直線区間で強引に抜きに来るじゃありませんか。
当然、片側一車線でセンターラインはオレンジ。
怒るとかじゃなくて驚きましたね。すぐ先はまた急カーブで見通しなどないのです。怖くないのかと。追い越されている私が減速しなければ、元の車線に戻れるかもおぼつかないのに……。
地元の人なのかもしれませんが、無茶をするものです。トラックのコンテナが、非常に長く感じられました。
高速でも、Zの字をかいて抜いていく輩を見ましたが、ああいう運転に出会うたび、慣れると自分もああなるのかな、とそれだけはちょっとコワい。
私は彼らのような運転をして、事故を起こさない自信はありません。基本どんくさいので……。
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by sarok | 2012-07-17 16:14 | 雑記 | Trackback | Comments(0)

無限ループって

近所で売っていた、「食べて応援しよう!」的コピーの入った福島産コシヒカリを炊いて食す。おお、米粒がピンと張りよく立っていて旨いじゃないか。
と書けばちょっときれいな話、みたいですけれども、ただ単に自宅でしばらく米を炊いておらず、炊きたて感から遠ざかっていたのが主な原因であります。
めんどくさがって麺やらパンやら……。
白い米は旨いけれども、昔みたいにがっつりどんぶり飯で満腹感を得る、というのもだんだん厳しくなってきましたね。米にかぎらず、主食の穀物を減らして野菜やらたんぱく質やらをメインにしていかないと、結果的にいろいろしんどい。体調を崩すわけではありませんが、なんというかこう、負担がかかるんですなあ。
だが歳のせいにはしない! 生活態度のせいだ!
……まあそれはそれで、どうにかせにゃならんわけなのですが(笑




『ドラゴンズドグマ』、個人的には面白いゲームだったなあ。
過去形だけれどまだプレイ中です。というのは一度クリアしているからです。取りこぼしのクエストやらイベントやら、周回する前提もある作りになっているんですね。
全体の自由度が高く、一部を除いたほぼすべての登場人物、それはたとえば街道で行き交う旅人や町人Aにいたるまで好感度が設定されていることによる、「衝撃の」嫁選択などというネタ要素も満載なわけですけれど、私としては主要なイベント、メインのストーリーの味付けが好みでした。
なんとも、苦い(笑
このゲーム、ボスを倒すのとEDに至るのはそれぞれまた別の段階なのですが、どちらにしてもハッピーエンド、大団円でみんな幸せ、というのには程遠い。
特に、自然とループプレイに入っていくためともいえるEDの仕掛けはね……。
やってる人がここ見てるとは思いませんが、ネタバレ注意ね。

「嫁」とは別に、主人公には最初からずっと行動をともにしているパートナー的存在がいるのです。それはまあ、プレイヤーの趣味で同性かもしれないし、年齢もさまざまなわけですが。
最終的に主人公はその相棒と二人きりの世界に残される。プレイヤーはたぶん、ちょっと動揺すると思いますが、NPCであるパートナーは当然、いつもどおりの反応。
いつもどおり、ともに冒険してきた信頼を寄せてくれるわけです。
それを裏切らなければならない。
EDを迎えて、プレイを続行しようとするならば。
心憎いなあ、と思いましてん。
あの空間が楽園かはともかく――古くは『ビューティフル・ドリーマー』的な、かの懐かしい展開をゲームゆえに自らの手でボタンを押して決定せねばならない。
現実的には先に進むためには選択肢ですらないわけですが、その内容も含め、自分で決める、ということに妙な満足感、充足感を覚えるのです。
普段が不断に優柔不断だからですかネ?
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by sarok | 2012-07-12 08:24 | 雑記 | Trackback | Comments(0)

幼年期の終わり




『幼年期の終わり』(A・C・クラーク)をば読了。これ、買ったのはだいぶ前で、読んだつもりで積み本と化してました。よくあること。
読む前のイメージと、なんかずいぶん違うな……というのが中途の感想でありました。異星文明との、いわゆる「未知との遭遇」をば壮大なスケールで、神の視点で同時進行させていくようなもの、と勝手に思い込んでいたわけですが、なぜか物語は局所的に枝葉にわだかまる。宇宙人の外見を知ろうとあくせくする努力が延々語られたり、コッ○リさん的占い遊びで宇宙人の故郷の星を知ろうとしたり、ね。
なんだろうこれ……と思っていたら、終盤いきなり急展開、あれよあれよとセカイ規模な話になっちゃうじゃありませんか。
なるほど。幼年期は、終わるわけですねえ。
壮大な雰囲気でなければいけない、と思い込んでおりました。発想が柔軟すぎる。
翼と尻尾に角のある「いかにも」な宇宙人の姿が、未来から過去へと投影されたイメージの木霊であり、それゆえ聖書に出てくる「あの者」にどことなく似ているのだ……てな考えを、こんな古典SFでやってのけるのだから、すごいものです。
でもクラークの一番の魅力って、科学的知識でも、それに裏打ちされた想像力でもなくって、その思いついた要素を、人間的な――偽らざる自身の内省に基づく、弱さや不安定さをふまえた――ひとりきりの感情ってやつに照らして、「どう思うか、どう感じるか」が徹底されている点じゃあないかと思う。
「2001年」とかでも、軸になるのは宇宙をひとりゆく人間の心、だと思うのです。寂しかったり、怖かったりするから、宇宙の大きさが見えてくるんですよね。
SFだろうと恋愛だろうと戦争だろうと。物語ってのはつまるところ、人間が主役なんですよねえ。
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by sarok | 2012-07-01 16:07 | 雑記 | Trackback | Comments(0)