四畳半東雲蚊帳の内

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逆に考えるんだ

先代(先々代)薔薇さまの制服姿をこそ描くべきだと、そう考えるんだ。

なんか久々にトップに蓉子さまを置いたような……。そうでもなかったかな?
原作で卒業された薔薇さまを描くに、制服姿は一瞬ためらいがあります。ためらう必要なんざないわけですが。
卒業後にコスプレっておられるのかもしれないしね!(それはどうか
こういう厚塗りっぽい描き方って、いろいろ試される感がありまして、絵心皆無な身にはまこと冒険だなあと思わされるわけですが。
でもまあ、なかなかに楽しい。時間ばかりがかかりますけどネ。
あとは裸足。はだしはだし。
しっとり湿った山の土を、柄にも無くはしゃいで踏んで歩いた蓉子さまのおみ足を、清流にて手ずから洗って差し上げたいっ!
……そういう絵にすればよかったか。


しかし間が空く「日記」だ(苦笑
読書メモ。
『表層生活』大岡玲
『ポケットに名言を』寺山修司
『東方香霖堂』ZUN
上二冊は過去に買ったものの再読ですけどね。
90年? の芥川賞作品である『表層生活』は、当時よくわからんなーと思って読了したものを、今ならどうよと手にとってみた次第。
それでよく理解できました、という感じではないけれど、妙に時代を感じます。古臭いというのではなく、この小説がとらえたであろう時代の底流の一滴が、ふたたび雨になって降ってきているのを見ているような印象。
そして香霖堂。楽しかったけど、もうちょい阿求さんの出番が欲しかったなーとか。天狗さんとかも。河童もいいなあ。ZUNさんは巧みですね。いや狙ってるかはわからないけど、そういう絡みやら交流やら、もっと見たいと思わされるものばっかりなんだもの、東方原作は。
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by sarok | 2011-05-28 16:53 | 雑記 | Trackback | Comments(0)

king's speech

地震からはやふた月。早いものです。
駅やらお店やら、間引いている照明には慣れたというより、このくらいの方がいいんじゃねえ? というのが先日お会いした団長とも共通の認識でしたが、震災前より一割~二割減らして運行している交通機関は正直少ししんどい。以前ならもうちょい空いてたのになー、と思うことがよくあります。
しかし減らしたといっても五分十分単位に一本列車はやってくるわけで、一時間に一本なんてザラだった地方に住んでいた昔を思うに、ぜーたくになったもんだなと。東京に出てきて最初に、かつ強く感じた違和感は、分単位でやってくる交通機関だったというのにね。
ライフスタイルを問われているなあとつくづく思うわけです。
自給自足に近い古代から現代に至るまで、生活全般における変遷について、あまりに無自覚にきた部分があるのかもしれません。悪い、ということではなくて。いのちが救われるように、科学が便利になるように、願われて使われるのは当たり前のことですから。しかし一方で、手付かずで遠ざけられたままの領域が、まるで過疎の集落のように、顧みられないままに取り残されていないか、とか。たとえば死について、多くの人は危険や病が自分や周辺に訪れるまで、そんなものはこの世に存在しないかのような顔を「しなければならない」と強いられてみえるように。
生きながら生きることについて考えられるのは有難い話ですが、むつかしいですネ。






『英国王のスピーチ』観て来ました。例によって一真さまぷろでゅーす(?
吃音に悩む王様が、がんばってスピーチする話。
身も蓋も無い紹介ですが、実際話としてはそういうこと。おぼろにそういう筋だとは知っていたので、上映開始してしばらくは、じゃあその「間」をどうするんだろう、ということが気になっておりました。
いやこう言っちゃなんですが、映画である以上は、たぶん最後はうまくスピーチしてヨッシャ! となるんだろうな、と想像できちゃうわけです。そのあたり予想されることも含めて、どうやって二時間ばかりのドラマに仕立てるんだろう、とか小癪な見方をね。まーなんだか賞をとったような映画だし、恋愛要素で膨らませたりだとかそういうことはやらないだろうけど、どうかな……と。
結論からいえば、王様が悩んで頑張って、んでもってスピーチする話でした。本当にそうとしか言いようも無い。それを、きっちり二時間ばかり見入ってしまうのです。
別に歴史のアレコレなど知っている必要もなく、見てりゃわかる、という感じ。過去の回想などももっぱら語りで説明して、それが短くもないのに、読んでしまうし、聞いてしまう。
演出や演技など、意識させない上手さというのがありますよね。むしろそこにブレがないから、一人の人間の生き様に集中できるのかもしれない。強靭でしたたかな、幹の太い木をずっと眺めているような映画。
個々人のかかえているものは、それが過去であれ闇であれ、その人だけのもので、それを取り戻そうとしたり、受け入れようとするには莫大な労力がかかる。一生涯たたかい続けねばならないかもしれない。けれどそれがその人の豊かさであり、多様さであり、一人一人がそれだけの違いを内包していると受け入れることこそ意義があるのだろうと。主人公の個人的闘争から、つくづくそう思わされるのです。
それがちょうど、台頭してくるナチスとその全体主義に線対称になっていく感じも、実にうまい。


さておき。
かっちり背広を着こなす英国紳士のお洒落っぷりも見ものながら、王様の二人の娘さん――現女王と妹さんですな、この二人のきっちりした子供服もよいものだと思ったり。


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なんか、こういう感じ。
主に私の画力ゆえきっちりして見えませんが(苦笑)。セーターもスカートもハイソックスも上品なんですな。
まあでも、あそこまで体のサイズに合った感じの服を子供に着せるのは、それこそ豊かなお家にしかできないことなのかもしれませんけどね。子供はすぐ大きくなるから、どうしても大きかったり小さかったりしちゃうんだよねえ。
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by sarok | 2011-05-12 13:32 | イラスト | Trackback | Comments(2)

トップ絵変えました

変えました。大事でもないですが。
瞳子さんの服装がナシな気がしないでもない。しずかちゃんみたいな靴下だ。

これは若干崩れてますが、「お姫様抱っこ」された瞳子さんは以前にも描いてますネ。
蓉子さまでも描いてますし、ちょっと調べてみると笙子ちゃんも……。
しつこくやってますからネタ被りは仕方ないですが、なんだろう願望でもあるのか。されることに(そっちか
時事ネタとしてのロイヤルウェディングに引っ掛けて、というわけではアリマセン。

しかしダイアナ妃のウェディング、職場でも覚えていない世代がけっこう居てショック。
というか当然ですが。何年前よって話ですわなあ。
しかし沿道うち揃っておめでとうおめでとうって、むしろ世の結婚式はみんなアレでいいんじゃないかと思ったり。
余計な? スピーチもなく面倒なら帰ればいいし、お金もかからないしね見る側は。
誰かをおめでとうと祝うこと自体は気分もいいですしねえ。
まあ非婚化の時代とはいえ、毎日相当のカップルが結ばれているわけですから、毎度ああいうパレードをやられても閉口することでしょうがね(笑
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by sarok | 2011-05-03 16:51 | 雑記 | Trackback | Comments(0)