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四畳半東雲蚊帳の内

風呂とビール

五月の日記、二回くらいになりそうだなア。
それはもはや日記とはうんぬん。


鶴田健二『さすらいエマノン』を買って電車の中で開く。
……のっけから肌色が多すぎる(笑
気前よく見せすぎですがな。
まあ、落ち着いて家で読めって話ですな。
けれど先日のマリみて新刊も半分くらいは電車で読んだし。ちょこちょこ書いたりしたものの手直しなぞも、通勤のさなかにやっていたり。
一言でいえば、集中力がないんでしょうな。
でも、適当に空いた電車の車内。足りないアタマを使うには、実にいい場所なんですよね。
老後は電車の車両でも買って、改造してそこに住むべきかもしれん。
……そうすればそこが単なる「我が家」になるだけでしょうけど、ね。



『テルマエ・ロマエ』を見ました。いつものラヴ茶面子にて。
原作を読まずに行ったのは、今回のメンバーでは私だけだったと思いますが……これが意外なほど面白かった。
阿部寛の顔がずるい。
というのはさておき、話にきけばけっこう原作にない要素をいれて、一編の映画にまとめあげているとのこと。
その、細部の工夫がね。笑いをとれるところでは些細なところでも取りに行くし、辻褄が合いそうなら力技でストーリーを縫い合わせる。
貪欲なんです。そして柔軟だ。
映画一本槍というより、テレビとかほかの畑の人が混じっているためじゃないか……と思いました。スタッフを確認していないから、わかりませんけれど。
手法として、いかにも近頃の日本映画らしいんですけれど、それも味付けというか、調理法なんだなと。
いや、愉快なひと時でした。

映画のあとは日比谷に繰り出して、オクトーバーフェストなるものを体験してきました。
すごくビール。すごく肉。
ソーセージにジャガイモ。
しかし、大した人出でした。土曜の日比谷にあんなに人がいるなんてねえ。もちろん、あちこちから来ているわけですけれど。
ほんま都会は膨大、甚大であります。
# by sarok | 2012-05-24 12:39 | 雑記 | Trackback | Comments(0)

五月の花束

竜巻で、北関東で被害が出た日には、当四畳半の存する地域も雹など降りまして。
なかなか苛烈なスタートの五月ですが、それでもここ一両日ばかり、海の満ち干きみたいな音をたてて風がそよいで、「ちょうどいい」心地よさが戻っております。
暑さ寒さのどちらにも偏らない季節って、短いんですよね。
それでも今年の春は、花粉症の症状が軽くて助かりましたー。
飛散量が少なかったのか、私の器官が鈍ってきているだけなのか。







『フェアウェル ブーケ』読みました。
マリみての、と前置かないのがここのしきたり(笑
大好きな鹿取センセがお嫁にいってしまい……私はなんだか、にまにまと気持ち悪い笑みを浮かべて喜んでおります。
以前、彼女にタバコを吸わせるSSを書いたなあ、などと思い出したもので、冒頭のど飴を「手放せない」などという場面に、若干間違った記憶を連結しそうになりました。
スーッとする、ハーブつながりなわけね。
ご結婚、おめでたかぁ。
『バラエティギフト』を思い出した人は幸いである。「降誕祭の奇跡」をめくって、リリアン生時代のあどけない先生と、美嘉さんのイラストに出会って、目頭を熱くするとよろしい。
私は、そうしました。
今野先生のあとがきじゃあありませんが、なにもかも皆なつかしい……。


どうでもいい突っ込みですが、帯に「退職」ってありますけど、鹿取先生は休職されるだけですよね?
しかし、先生の話か。
もちろんこれがリリアン時空なのは承知ですけれど、(女性の)先生と生徒の距離感ってのは、こういう感じでもあるのかな? とちょっと思った次第。
生き方の多様性が叫ばれる時代ながら、先を生きる大人として、未来に投影された自分の姿として、生徒は先生に自分を投入するわけで。「つまらない女」から至上のあこがれまで、振れ幅は広く、容易に変化しうる。
大人、としてただ生徒の前に立っているだけでも大変なことなのだな、と改めて思います。そしてやはり、女性同士の方がより直列的であるのかもしれない。
スールと違う、縦のつながりを見せられたようであります。うーむ。



さておき。自分がつくづく足りていないと、「プライベートTeacher」を読んで思いました。正確には、その後書きで触れたところ。
「古めかしい」雰囲気を出すために「徳利セーター」「襟巻き」を狙って書きました、ということですが、さっぱり気づきませんでした。
まったく私は、名探偵にもプレイボーイにも、当然薔薇さまにもなれそうもありませんナ。
# by sarok | 2012-05-13 13:57 | 雑記 | Trackback | Comments(0)

川崎のプリンセス

いやあ、ゴールデンウィークっすね。
正直あんまり関係がないのですが。


先日はふと思い立ち(そればっかだ)、久々に江ノ島周辺まで足を運んでみました。



藤沢方面から。
なにしろ思いつきなもので、時刻はすでに夕方、江ノ島散策などしている間はありません。
一応、他に目的もありましたし。




おまけに天気は雨まじり。思いつき(ry
江ノ島に背をむけて、海岸をぶらぶら。
歩く人はまばらですが、海に目をやればサーファーの皆さんが、ラッコの群れのように浮いてます。
後はひたすら、波がどーんどばーん、と。




ああいう青って、なんていうんでしょう。
クリーミーだけど透明感がある。

適当なところで砂浜をあがり、辻堂方面に歩いていきます。
むかし、このあたりに友人が住んでいて、小田急の本町の駅から延々歩いて遊びに行ったものでした。
ちょいとそれをたどってみようとしたのです。しかし……。
なにしろずいぶんと昔のこと。かろうじてJR辻堂の駅までは着きましたが、駅舎からその周辺からがらりと変わっていて、何がなんだか、どこがどこやら。
周辺地図であたりをつけて、どうやら昔のとおりのルートで、日が落ちたころに藤沢本町の駅に到着しました。
けれど沿道ほとんど見覚えがなく、友人がどこに住んでいたのかも、結局わからずじまい。
なにより、当時はこの距離を平気で歩いていたのかと思うと、主に肉体的な意味で、流れた時間の大質量を感じるのです。
遠くなりにけり。
でも海はいいね。やっぱりそうだ、海って本当にあるんだな、みたいな。
実際確認しないといけないと思いました。たまには。



昨日は一真さま、団長、もずる兄と『ジョン・カーター』を観る。
ちょっと体調くずしてご迷惑をおかけしましたーーー私信。
原作『火星のプリンセス』が、現在にいたるヒロイックファンタジーやらなんやらの原形質だからでしょうけど、逆になんというか、既視感もあり。
割と継ぎ目なく「次から次へと」事態が発生していくのは原作通りなのですが、そういうものだと、ジェットコースターに身を任せる気分にならないことには、とっかかりがつかみにくい映画、という印象でしたね。
主人公やヒロインの性格がいい意味で突出していれば話は別なのでしょうが……。
しかし、うまく修飾しても微妙に残る古さ、懐かしさ、「あの」テイスト。
かみ締めた奥歯の間からもれてくる、そのなんともいえない味わいに気づくと、見ているこちらの顔も、いつしかなんともいえない顔つきになっているのです。
そういうのが、ちょっと面白い。
こういう狙いに、これだけのお金と人員をかけられるんだなあ、と思うと、いつもながらちょっとうらやましくもなってしまうのであります。
# by sarok | 2012-04-29 14:26 | 写真 | Trackback | Comments(0)

おまつり

電池を食べる夢をみた。
大概の夢は、起きたら忘れてしまうわけですが、この夢は数日前にみたにもかかわらず、なぜかくっきり覚えています。
電池の、その味も。
ラムネみたいな酸味があるのですが、かみ締めればほのかに立ちのぼる金属スメル。
あの、アルミホイルを噛んだときみたいなね。
そこで私は、誰かに
「そんなもの食べて平気なの?」
と聞かれたわけですが、
「え? でも昔から食べてるしなあ」
そう思いながらも不安になるのです。大丈夫なのか、体に影響はないのかと。
それだけの夢。
思い返すと、なんだか己の臆病さというか、小心さばかりが浮き彫りになるような夢ですね。
長らく食べてきたからこれは平気なんだと、指摘するまで信じきっているにもかかわらず、指摘されたとたんに不安になるあたりが。
しかし珍妙だったなあ。



先日、友人たちと渋谷で映画をみて、帰りがてら代々木公園で桜でも見るべと、花の盛りに覚悟もなくあのメッカに足を踏み入れたのですが。
いやあ、東京に長く住んでいてなんですが、あんな人の数、はじめて見たかも。
肌寒い夕暮れ時だったにもかかわらず、見渡すかぎり花の下には大小の陣地がとられ、人、人、人。
沿道もごった返す人、人、人。
酔っ払いの叫び。悪乗りする若者。目のやり場に困る座り方をしている娘さん。
トイレに並ぶ長蛇は川のごとし。
各所に積み上げられたゴミの壁(山というレベルじゃない)。
いやはや。いやはや。
むしろ、心の底から感心しました。ここまでやるのか、ここまでして「花見」をしたいものなのか、と。
呆れるでもなく、心を動かされましたね。
桜から遠く離れた暗い杉林の中でシートを広げていたり。
密集する敷居のない空間で、それぞれの仲間たちとのみ器用に盛り上がっていたり。
同級生、同僚、家族……横のつながり、縦のつながり。
いろいろあるんだろうなと思いました。花見のコミュニケーションを必要としているものが。
都会で生きるためにはまず、人を無視することを覚えねばなりません。
そうしないと電車にも乗れない。
けれど、あの場所において、「自分たち」以外の人たちは居る必要がないのか? といえば、そうは言えない気がします。
そりゃ、トイレの列で前に並んでいる人たちは邪魔でしかないかもしれないけれど。
祭りのようだと思いました。自分と仲間たちだけを囲う仕切りを、取っ払う必要のないお祭り。
それでも、きっと「隣人」が必要だから、ああして集っているのだろうと。
「隣人」がいるから、より明確につながっていられるのだろうと。
通りがかりに、そんなことを勝手に感じる私みたいなのにとっても、ね。
そういうお祭りなんだと、思いました。




ずいぶん前に、なんか合わないな、と放り出していた『ソフィーの世界』を、この前から重さをこらえて持ち歩き、ゆっくり読み進めて、先日ついに読破しました。
やっぱり、なんか合わない(笑)。
でも面白かったですけどね。
少なくとも現代から哲学を俯瞰するなら、科学や生物学だのと両輪にならざるをえないと、あらためて思いますね。
あと、宗教もね。
しかし、そんなに前の本ではないのに、時代を感じる。
「私たちも星屑なんだ」というのは、おそらく書かれた当時にはある種の希望をはらんでいたと思うのです。
だから人と人はわかりあえる、的な。
2012年の今、そこには諦念の名残りがある。そうだね、という淡々とした、残滓が。
希望はだから、別の思考思弁の先端に移っているのでしょう。
もしくは、そう感じる私がただ曇っているだけなのかも。
しかし、哲学も人なり、哲学者も人なり、としみじみ思う一冊ではありましたね。
# by sarok | 2012-04-17 14:36 | 雑記 | Trackback | Comments(0)

嵐でしたね

というわけで、戻し戻し。
この、シンプルタイプのスキンももうちょい種類増えないかなー。


しかし前回、「風強かったですね」と書いたらその数日後はまさに嵐でしたな。
「帰宅を早めて!」などとテレビが叫んでいる時間帯に出勤せねばならず、レインコートで固めて出撃しましたが……いやはや大変でした。
電車はなんとか動いてましたが、地下鉄を降りてからが大変。
地上へ出る階段の上から風が吹きつけて、文字通り一歩も進めない有様。
強引に真ん中の踊り場まで這い上がりましたが、壁でも押しているかのように動けなくなり、やむなく引き返して別ルートを探すことに。
地下道を走り回りました。かなり余裕をみて出てきたのに、遅刻寸前でしたね。
まぎれもなく、台風と同じでしたな。
あちこちに、壊れた傘どころか、その骨が破片になって散らばっているさまが壮観でしたな。
それでも、この週末には、遠目に桜がぼんやり白く輝きだしているわけで。
花が咲く前なら、強いんですねえ。


マリみての新刊が出るとかなんとか。
「表紙の人」のメールももう来ないかもしれん、となんとなく先回りなことを書いてみたり(笑
# by sarok | 2012-04-07 08:34 | 雑記 | Trackback | Comments(0)

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